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不知夜月とJardin de ciel(空の庭)のコラボ頁です。

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† 闇に咲く悦楽の閨 第3章 4幕 †

闇の主ジークにいざなわれ、ジョフロアは水晶宮からゴンドラの浮かぶ地底湖へと入っていく。同じ頃、景虎はアレクの自室で仕方なく彼に付き添う事になった。それぞれの場所でそれぞれが知る真実とは…。

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Drama

ナレーター
  • by s
  • 2009-03-18 13:56
  • edit
最初は靴音の反響かと思った。足元に敷き詰められた黄金色の小さな水晶の粒。それが僅かな擦れをも漏らさず微小な旋律を紡ぎ出す。いや...もっと違う音だ。音楽?ジョフロアは自分の獣としての鋭覚を最大限に研ぎすます。神聖かつ厳かな空間に今度は小さな水音が重なり出す。いや、水音だけではない。何かもっと直接感覚に訴える音の調べ。恐らく人間には聞こえない音律。それが、この地下洞窟空間全体に静かに響き渡る様に広がっていく。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-18 13:58
  • edit
..... .... ..... .... ..... ... ...... .. ........ ... ....
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-18 13:58
  • edit
何処かで聞いた事がある。そう、記憶のもっと深淵な部分が覚えている旋律にも似た音。空間を覆っていた幕が静かに開いていく様に、ジョフロアの目に映る視界そのものが今まで見た事のない透き通った広がりを見せ始めたその時、その荘厳で妙なる調べが、ぷつりと止まった。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-18 14:00
  • edit
フルコーラスで聞かせたいところだが、このくらいでいいだろう。
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-18 14:07
  • edit
水晶群の側壁と光る苔のラインが続く狭く小さかった空間がいきなり大きく高く開けた。湖。地下水脈のほとり、透明な水を湛えて佇む小さな海のような景色。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-18 14:30
  • edit
…まるで音の魔物を従えているかのようだ。この小宇宙を統べる闇の王よ。今の天上の調べのような旋律は、いったいどんな意味を持つのですか?
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-18 14:31
  • edit
音によって開かれたジョフロアの視界。その先の水面に浮かぶ、夢の忘れ形見のようなゴンドラに目を奪われながらジョフロアは問うた。ジークの数歩後ろに佇んだ彼の声が、入り組んだ岩が作り出すドームに木霊して、さらにジョフロアから現実感を引き剥がす。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-18 14:44
  • edit
音律の周波数を利用して結界を解いた。君をこの空間に招き入れる為にだ。人狼である君には聞こえただろう?あの金髪坊やには聞こえなかったとしても。

我々の五感は言わば人間より動物に近い。イルカや鯨が仲間に伝える方法と似ている。ここはそれに相応しい清らかな空間だよ。
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-18 14:54
  • edit
まるで世間話の様な軽い口調で宇宙の森羅万象を語る闇の主。悠久の年の狭間を彷徨って来た彼にとって、世の摂理など朝露の一雫の如く些細なものなのかもしれない。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-18 21:07
  • edit
エディもここに来たんですか? …そうか。彼はここでニコルと。水晶群や結界に守られたこの場所は、さぞや特別な場所なのでしょうね。もし、その意味や目的を問うたら、不謹慎でしょうか?
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-18 21:08
  • edit
そんな場所に、しかも侵入者である自分を連れ込む相手の酔狂さにジョフロアは思わず微笑んだ。もしかしたら無事では帰れないのか。それとも、こんな狼一匹など戯事の対象でしかないのか。この闇の王は、いったい幾万の夜こうしてを渡ってきたのだろう。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 04:02
  • edit
この場所は神聖な閨の象徴だよ。そして、恐らく彼はここに来たんだろうね。ほら、その証拠に...
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-19 04:05
  • edit
そう言いながら、ジークは岩に捲かれていた舫い綱を手に取りゴンドラを引き寄せた。怪しく黒光りする船体がゆらりと近づいて来る。よく見ると船体の中から人の足元が垣間見えた。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 04:06
  • edit
ニコルだ。眠っている。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 11:48
  • edit
…彼は三日もここで?
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-19 11:49
  • edit
船が静かに接岸すると、小さな船首楼の暗がりに身体を横たえたニコルの姿が飛び込んできた。眠りがとても深いのか、接岸時の衝撃や揺れにも気付く様子がない。それよりジョフロアを驚かせたのは、彼の敏感な嗅覚に飛び込んできた匂いだった。淫らな匂い。ここが閨の象徴だと言ったジークの言葉がそれを裏付けていた。エドリックの匂いもした。彼の精液の匂いも。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 11:50
  • edit
もしかしてこのゴンドラは、神殿のようなこの場所の寝台にあたるものですか…?
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 14:23
  • edit
いかにも。君は賢い、話が早くて助かるよ。
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-19 14:31
  • edit
薄氷の笑みを浮かべたまま ジークは接岸したゴンドラに先に乗り込み、左手を差し伸べて相手を招き入れると船体が左右に揺れた。が、船内に横たわるそれは、まるでお伽話の「眠り姫」の様にぴくりとも動かない。二人がその足元に腰掛ける。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 16:08
  • edit
ニコルは眠りに入っている。だが...彼はまだ迷っている。眠りが浅いのがその証拠だ。
確かに君の目には彼の状態は「深い眠り」に見えるだろう。だが、我々の眠りは通常の人間の睡眠とは少し違う。ワインをより芳醇に発酵させるのに必要な眠りと同じ様なものだ。...しかし、今は彼にとってその時期ではない。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 17:45
  • edit
…迷っている? …それは、エドリックと関係があるのかな
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-19 17:46
  • edit
数日前の朝食の風景をジョフロアは思い出していた。幸せそうなエドリックとは対照的な消え入りそうなニコルの風情。エドリックの肩に置かれたニコルの白い指先が、そのまま背中に滑って行きそうに迷い、躊躇っていたのをジョフロアは気付いていた。そして、エドリックを見つめていたニコルの翠の澄んだ瞳が、そのまま心を預けてしまうのを諦めるように、遠く朝の空へ逃げてしまうのも知っていた。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 17:46
  • edit
不思議ですね。僕はあなた方が、人間の精気を奪い取る事を糧とする存在だと思い込んでいたのです。事実そんな現象を僕は目にしなかったわけではない。だけど、エディとニコルは全く逆だ。いったい何が起こったんです、彼らに? 彼らは僕の友達です。もし…
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-19 17:49
  • edit
そこで彼は言葉を切った。ジョフロアの視線が全く動かないニコルの上を流れて、今まで穏やかだった瞳に鋭い光が増す。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 17:50
  • edit
もし、貴方が彼らに特別な魔法をかけたのなら、早く解いてあげてくれませんか? 僭越な言葉をお許し下さい。ですが、暉堂があなた方に圧力をかけているこの時期に、少し話が巧すぎるような気がして…
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 20:40
  • edit
私は魔法使いではないよ、ジョフロア。
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-19 20:41
  • edit
氷の様な彫像を思わせる闇の主は、に、と笑みながら こう続けた。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 20:52
  • edit
確かに我々は人間の精気を糧とする生き物だ。搾取は巧妙に行われる。だが3日前、恐らくここで彼とニコルは愛し合った。あの日、派手に「悦楽の蝶」が飛んだのがその証拠だ。

「悦楽の蝶」は快楽を与える代わりに忘却を引き起こす。本来なら、それで終わりだ。ただ、そこに「愛情」という感情が伴った場合....
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-19 20:59
  • edit
冷たい眼差しを据えたまま、少し間を置く声音の主。その表情には目の前にいる相手に少々気紛れな風を噴かせてみたくなったのか、ややあって口を開く。

ジーク
  • by s
  • 2009-03-19 21:04
  • edit
...君になら分かるね?

今回、私が目覚めたのは、あの時の君の遠吠えにエクスタシーの周波数を伴っていたからだ。ただの人狼の遠吠えなら目覚めてなぞいない。我々異種は「愛情」という感情を伴うと、本来の目的とは想像もつかない事象を生み出す。

ニコルは...それに耐え切れなかった。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 22:23
  • edit
ニコルがこうなったのは、エディと心から愛し合った結果だというのですね。蝶とやらは喜びの為に舞うのに、自然の摂理に反する異種間の愛の熱が、あなた方を火傷させると…
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-19 22:23
  • edit
ジョフロアは、息があるようにさえ見えないニコルの顔を見やった。そして、ジークの横顔を見つめる。突然絹の銀髪が揺れて瞳がこちらに向けられた。蒼碧色の動じる事のない深淵。ジョフロアはその奥底に潜む何かに囚われた。哀しみなのだろうか。それは、あまりに深くて自分には見つけられないような気がした。ジークの憐憫のような微笑みにジョフロアは我に返った。自分のエクスタシーを感じて目覚めたと言った彼の言葉が、気恥かしさを伴って浮上する。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-19 22:23
  • edit
…なるほど、貴方はエクスタシーを周波数として察知するソナーを備えているんですか。そういえば、さっき結界を解いた時にも周波数を利用したとおっしゃいました。イルカなどが仲間に伝達する方法を利用したと。ならば、貴方の発する周波数を加える事で、誰かのエクスタシーを喚起する事もできそうだな。僕にはやっぱり貴方が魔法使いに見えますよ
ジーク
  • by s
  • 2009-03-20 00:31
  • edit
ふふ...君との対話は実に楽しいね、ジョフロア。その私的好奇心が沸々と満たされて行く快感は、どんな味なのかな?
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-20 00:35
  • edit
相手の問いに真っ向から応えるつもりがあるのかないのか。視線は横たわる人物の方へ。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-20 01:19
  • edit
美しいだろう...彼は。恋に打ち拉がれ苦しみに滲む容貌は見ていて飽きない。花は散り逝く瞬間が一番美しい様に。あれ程「人を好きになるな」という私の忠告を聞かずに羽ばたかせた悦楽の蝶が、恋い焦がれる相手から自分達の愛の記憶を一切消し去ることに 心が手折れてしまった私の小さいニコラウス....
ナレーター
  • by s
  • 2009-03-20 01:25
  • edit
静かに眠る白磁の様に透き通った頬に、す、と細い手を這わす黄泉の王の横顔に、狂気と人の匂いに欠けた風情が漂う。
ジーク
  • by s
  • 2009-03-20 01:30
  • edit
さて、先程の君の問いだが....
我々は魔法使いでも魔術師でもない。ただ、人より少し智慧があるだけに過ぎない。楽園の智慧の果実を貪った人間が二度と楽園に戻れないのと同様に。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-20 11:24
  • edit
貴方はイルカの如く超音波を感じ、そして操る。僕は犬並みに感じられるだけだけど、動物並の敏感さと筋力と瞬発力を備えている。どれも自然界に転がっている事だ。…そういう事ですね
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-20 11:25
  • edit
ジークの言葉をずっと黙って聞いていたジョフロアが、ぽつりとそう言った。楽園に戻れないのは自分も同じことだった。ほんの少し自分自身の立場に重ねているのだろうか。そんな沈黙が彼に降りる。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-20 11:26
  • edit
…ですが、卿。僕は人間より智慧があるとは思っていません。誰でも与えらた能力の中で足掻く。動物でも人間でも僕らでも、それは同じです。足掻いて、足掻いて、足りない分を補うために少しだけ進化する。そういうものでしょう?
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-20 11:27
  • edit
悠久の時を生きてきたヴァンパイアに反論する年若い男を見つめていたジークの瞳が、細められ、不思議な光を宿した。流れる清水が優しく揺らすゴンドラ。それは、ニコルの愛や人にあらざる者たちの想いを抱いたゆりかごのようだ。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-20 11:31
  • edit
僕は、ニコルが美しいのは恋に打ち拉がれ苦しみを湛えているからではなく、彼が愛を胸に抱いているからだと思います。散り際の花も、消えるから美しいのではなく、消しても消えぬ何かを遺して行くからだと思うんです。何故か知りませんが、僕は事象ではく、目に見えぬ想いに心惹かれます。それは、たとえ失っても心に残るからでしょうか
ナレーター
  • by z
  • 2009-03-20 11:32
  • edit
生きて行くために、誰でもそうやって自分を手懐けていく。幼い頃、人狼にさせられてしまった事で全てを失ったジョフロアだからこそ、ジークの言葉が気になった。
ジョフロア
  • by z
  • 2009-03-20 11:32
  • edit
…もしかして貴方も、消しても消えぬ何かをお持ちなのではありませんか? 人を好きになるなとニコルに言った忠告といい、以前地下道で聞いたお話からも、僕にはそれが貴方の自戒のように思えて仕方がありません
ジーク
  • by s
  • 2009-03-20 21:25
  • edit
.....自戒?
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:34
  • edit
部屋のドアに派手な音をさせて飛び込んできたのはフレイだった。どんな心配をしていたのか、ベッドに座ったアレクと部屋の中央に立った景虎を交互に見て息をつく。どこでどんな優雅な遊戯をしていたのか、上半身はしどけなく乱れて白いブラウスのボタンを2,3留めただけだ。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:35
  • edit
アレク!…景虎からの連絡だなんて何事かと…。襲われたりしなかったかい?
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:35
  • edit
ふざけるな
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:36
  • edit
ベッドに近寄ったフレイが口走った言葉を、不愉快げな低い声がさえぎった。けれどアレクの顔を覗き込んだフレイは不思議そうな表情を見せた。夕刻、ニコルが見つからなかったことを告げに訪れたとき、アレクの顔色は悲しみにくすみ、気力なく沈んで見えた。なのに何故か今は頬に仄かに赤みが差してフレイを見上げる目には光があるように思えた。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:36
  • edit
アレク?
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:37
  • edit
あっ、フレイ。大丈夫だよ。景虎君にハッとかホッとか...して貰っただけ。
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:37
  • edit
身振り手振りで変な動きをするアレク。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:38
  • edit
ハッとかホッ?
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:38
  • edit
フレイは意味が分からないように眉を寄せたが、アレクの表情が思ったより明るいことを感じて胸を撫で降ろした。詳細を問いただそうと振り返ると景虎の背が扉から出て行こうとしている。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:39
  • edit
おい! 景虎
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:39
  • edit
15分で帰る。それまでそこに居ろ
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:39
  • edit
慌てて声をかけたフレイに一言だけ残して、景虎の姿は消えていった。フレイは相手の意図が分からず、またアレクに視線を戻した。先日の景虎はヴァンパイアに対して嫌悪の表情をあからさまにしていた。なのにこの事態はいったいどういうことなのだろう。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:40
  • edit
フレイは景虎君と仲いいの?
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:40
  • edit
…そう見えるかい?
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:41
  • edit
フレイは一瞬押し黙ったが、ほんの少し苦笑した。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:41
  • edit
正直、僕にはよく分かんない。フレイはいつも優しいけど、景虎君....
多分...優しいんだと思う。僕...前に、フレイに言ったよね?景虎君の血を黙って貰ったって。ニコルの為だったけど、ちょっと後悔してる。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:42
  • edit
……。そう
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:43
  • edit
フレイはしばらくアレクを見つめていたが、彼の頬に手を添えて顔を上げさせると優しく笑んだ。ふわり、と翼を広げたように空気が柔らかく染まる。
フレイ
  • by t
  • 2009-04-03 22:43
  • edit
じゃあ、そう口に出すといいよ。まあ、あいつのことだから素直に頷かないだろうけど、伝えるだけの価値はあるね、きっと
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:43
  • edit
フレイはしばらく思案するように視線を投げかけたが、アレクにウインクして立ち上がった。
効果音
  • by t
  • 2009-04-03 22:44
  • edit
カチャ
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:44
  • edit
景虎は約束どおりの時間で帰ってきた。小さな箱を小脇に抱えたまま部屋の中を見回して表情が険しくなる。フレイの姿がなかったのだ。それを察したアレクが小さな仕草でテーブルの上を指差した。そこにあったのはフレイの書き置きだった。「デートの最中なんだ。お前の負わせた怪我なんだからお前が看て当たり前だろう? 夜明け前には戻るよ。それまでよろしく」
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:44
  • edit
あのヤロー。…役に立たん!
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:45
  • edit
ルーズリーフに走り書きされたお気楽な文字を拳で握りつぶして、景虎は苦々しく呟いた。そしてそれを床に放り投げるとするべきことに取りかかった。景虎は上着を脱ぎシャツの袖をまくってアレクのベッドにどっかりと腰を降ろした。手の平に載っているガーゼには得体の知れない深緑色のペースト状のものがべったりと塗られている。思わず身を引きそうになる程、苦く青臭い強烈な匂いが鼻をついた。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:45
  • edit
げっ、臭い!もしかしてコレ、僕につけるの?
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:46
  • edit
いやだ、とシーツの中に頭まですっぽり潜り込む。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:46
  • edit
漢方薬だ。熱と痛みを取り、炎症を抑える。…出てこないと引っぺがすぞ!
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:46
  • edit
駄々をこねる子どもを脅す勢いで景虎が低い声で凄んだ。もう一方の手はすでにシーツを引き剥がしにかかっている。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:47
  • edit
臭いの嫌だ....これ、まさか僕に食べさせるんじゃないよね?
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:47
  • edit
……。貼るんだ
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:48
  • edit
わかった
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:48
  • edit
どうも話がずれて噛み合わないアレクとの会話に脱力したように景虎は眼を閉じ眉をひそめて呟き、アレクはイヤイヤと言った風情で頷いた。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:48
  • edit
人間にはよく効く。お前にはどうか知らんがな
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:49
  • edit
冷たい声で言うものの、アレクが起き上がると景虎は屈み込んでしばらく腫れた辺りを真剣な眼差しで見つめ、ゆっくりとガーゼを貼り付けた。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:49
  • edit
名前.....
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:49
  • edit
自分に手当を施す景虎の浅黒い大きな手を見ながら、アレクがぼそりと呟く。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:50
  • edit
名前で呼ぶの好きなんだ。.....次にそこへ戻っても、むこうは僕の事も僕の名前も忘れてる。でも、僕は覚えてる。だから名前で呼ぶ。

...景虎君って呼んじゃダメかな?
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:50
  • edit
俺は名で呼ばれることを好まない。暉堂が言いにくいなら役職ででも呼ぶんだな
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:50
  • edit
相変わらず取り付く島がない。それなのに、弾力包帯を少し強めに巻いていく景虎の手は丁寧だ。腕を回すたびに抱き合っているようにさえ見えるのに景虎には意識の距離があるのか表情は動かない。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:51
  • edit
それにしても華奢な身体だ。もう少し…
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:52
  • edit
言いかけて景虎は言葉を切った。この細い身体はこれ以上、成長することはない。この姿のままどれだけの年月を生きてきたのだろうか。適当な位置で包帯を切る。余った部分の多さに景虎はほんの少し険しい目をした。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:52
  • edit
終わったぞ。身をねじらないよう気をつけろ
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:52
  • edit
アレク自身の芳香と体温で温まった薬が混ざって不思議な匂いが部屋へ広がっていく。身体を癒すものは心をも癒す。その薬も例外ではなく精神に穏やかに作用する筈だった。面倒な相手が眠ってしまえば景虎にとっては楽な時間だ。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:53
  • edit
うん。ありがとう。景...
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:53
  • edit
そう言いかけてやめる。手当をされた薬が効いてるのか、それとも別の作用なのか、胸がほんのり温かくなる。一通りの手当が終わり、景虎は明朝も早いはずなのに黙って自分の側にいる。いつもなら、お互いの傷の手当はニコルとの交流で治癒を施す。だが、今回は自分をヴァンパイアと知りながら人間同様に扱う景虎がアレクにとっては奇妙にも心地よかった。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:53
  • edit
…お前たちは何か食べて身になるのか?
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:54
  • edit
テーブルのそばの椅子に腰を下ろした景虎が、上に残されたままのチョコレートに視線を落としてふと問うた。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:54
  • edit
う~ん。食べてというか、人間の血と...その....えっと...下の...
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:54
  • edit
アレクの顔がみるみる赤くなる。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:55
  • edit
それは知っている。それ以外のものだ。たとえばこのチョコレートとか、他に食えるものはあるのか
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:55
  • edit
両足を長く投げ背もたれに身体を預けて、平然と景虎が返した。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:55
  • edit
チョコレートは好き。でもそれで生きていける訳じゃない。僕らに食物は必要ない。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:56
  • edit
なるほど…。では、もう寝ろ。休めば少しは回復するだろう
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:56
  • edit
うん....色々ありがとう。もう僕、大丈夫だから...
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:56
  • edit
小さな身体を窓辺のベッドに横たえ静かに目を閉じる。久々にゆっくり眠れるはずだった。目を閉じていても感じる近くにある大きな背中。ニコルが側にいる時とは明らかに違う部屋の空気。どちらがいいという問題ではない。アレクは目を閉じたまま小さな声で呟いた。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:57
  • edit
この間はごめんなさい。無断で血を貰った事....
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:57
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泣きそうだった。睡魔は襲ってくるのに眠れない。眠ってはいけない気がした。でも、眠らないと相手は帰れない。名前さえ呼ばせてくれない相手にこれ以上何を求めるというのか自分でも分からなかった。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:57
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……
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:58
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景虎は答えなかった。彼もまた奇妙な感覚に陥っていた。目の前にいるのは、人を餌として生きる危険極まりない存在だ。集めた情報の多くが恐怖を伴ってそれを警告していた。なのに、景虎の目にはただの傷ついた少年に見えた。確固として抱いていた嫌悪感が小さく揺らぐのを彼は感じていた。
景虎
  • by t
  • 2009-04-03 22:58
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…お前は、以前人間だったのか? その頃の記憶はあるのか?
ナレーター
  • by t
  • 2009-04-03 22:58
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あまり他者の領域には踏み込まない景虎が、ふとそんな言葉を口にした。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:59
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...勿論、人間だった。...僕、お母さんから逃げたんだ。
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 22:59
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仰向けに目を瞑ったまま、短く漏らした言葉が真夜中のしんと静まり返った部屋に小さく響く。
アレク
  • by s
  • 2009-04-03 22:59
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僕ん家、英国の港町の貿易商で、そこの一人息子だった。大きなお屋敷に一杯使用人がいて、お父さんは殆ど仕事で家にいなかった。お母さんは僕を溺愛したけど、一番嫌だったのは、毎日香料好きのお母さんが僕に.....麝香鹿の内蔵を食べさせる事だった。ほら、僕の身体から匂うだろ?これ、ムスクの香りの原料だよ。それが嫌で嫌でたまらなくて、毎日吐いて...そんな時にジークと出会ったんだ。
ナレーター
  • by s
  • 2009-04-03 23:00
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猛烈な睡魔が襲って来る。それでも何故か今、言わなければいけない気がした。目は閉じたままだが表情は穏やかだ。
景虎
  • by
  • 2009-04-05 20:17
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……
ナレーター
  • by
  • 2009-04-05 20:18
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景虎は背もたれにもたれかかったまま黙ってアレクが語る言葉を聞いている。
アレク
  • by
  • 2009-04-05 20:18
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...大分経ってから..その街を訪れたら、お母さん、もういなかった。....噂で、僕がいなくなってから...狂って死んだって...。もう随分と...昔の...こと..だけど....
ナレータ-
  • by
  • 2009-04-05 20:21
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眠い...と囁く口元から僅かな欠伸が漏れる。
景虎
  • by
  • 2009-04-05 20:22
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お前、その姿でどれくらい生きてきた?
ナレータ-
  • by
  • 2009-04-05 20:23
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景虎の静かな声が問うた。眠りに堕ちかけていたアレクの意識に微かに引っかかる。
景虎
  • by
  • 2009-04-05 20:24
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今でも、逃げるしか術はなかったと思っているのか?
アレク
  • by
  • 2009-04-05 20:25
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150年...以上...年なんて...も...忘れ...た...母さんのお墓..の前で....泣いた...。...逃げ...るほか...な....っ....の..か...今..でもわかんな.........
ナレーター
  • by
  • 2009-04-05 20:25
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途切れ途切れの言葉が聞こえなくなったと同時に小さな吐息が聞こえ始める
景虎
  • by
  • 2009-04-05 20:26
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それだけ生きても、許せずにいるのか? 母親を…
ナレーター
  • by
  • 2009-04-05 20:27
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返事がないことを承知で景虎が問うた。責めているわけではなかった。ただの純粋な問いかけだ。母親との確執を抱えて生きているのはアレクだけとは限らない。世に最も古く、最も多く、最も解決できない問題のひとつかもしれない。
景虎
  • by
  • 2009-04-06 12:01
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……
ナレーター
  • by
  • 2009-04-06 12:03
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問うた言葉だけが空に浮いてさまよう。規則正しい静かな寝息が響く部屋の中で、しばらく景虎は沈黙した。そして立ち上がって窓に近づくと、分厚いカーテンを少し開けて空を見上げた。雲がかかってきたのか、街灯の届かない遠い空は星の見えない暗闇だった。
景虎
  • by
  • 2009-04-06 12:04
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…難題だな…
ナレーター
  • by
  • 2009-04-06 12:05
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時をどれだけ経ようと答えの出ない問いを抱えたままなら、不死の意味などどこにあるのだろう。少なくとも景虎にはそう思えた。忘却と同じく死は優しい許しの一面を持つものなのだろうか。時の恩恵の指から零れ落ちたヴァンパイアの存在。窓枠にもたれかかって空を眺める景虎の彫りの深い横顔に落ちた影。胸に抱えた問いに挑んでいるのは彼も同じだった。

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