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不知夜月とJardin de ciel(空の庭)のコラボ頁です。

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† 闇に咲く悦楽の閨 第1章 3,4幕 †

学園を守る立場の景虎と、人外としての事情を察するジョフロアとの話は平行線を辿る。だが恋人同士の二人の行きつく先は…結局ラブコメディ?!
二人の恋のお話(長編小説)は、TOP頁下の“執筆者サイトへのリンク”より、『不知夜月』にて、どうぞ。


第三幕
◆理事長執務室にて
景虎:「棺桶の主が目覚めた? 確かなのか?」
ジョフロア:「ええ。…あなたにも一言知らせておいた方がいいかと…」
ナレータ-:「少し言いにくそうなジョフロアの声。景虎はしばらく考え込んだ。」
景虎:「どこにいる。地下道か?」
ジョフロア:「会うんですか?…僕が伝言してもいいんですよ」
景虎:「もちろん会う。面倒を起こさせるわけにはいかん」
ジョフロア:「面倒って何か…?」
景虎:「大分昔の記録だが、学園や近隣で貧血者が続出したことがある。あの二人とは違う秀麗な銀髪の男が目撃されているらしい。お前が会ったのはその男ではないか?」
ジョフロア:「…ええ、まあ…。強く惹きつけられるような銀色のオーラを持った人物でした。優しげな方でしたがあなたが会うのは…危険かもしれませんよ。」
景虎:「何だ? 血を吸われると?」
ジョフロア:「血ならまだしも…あなたは生きのいい生命体だから…」
景虎:「? 取って喰われるとでも心配しているのか?」
ジョフロア:「…だって、あなたは誰から見ても、おいし…じゃなくて、魅力的ですから。惚れた弱みってだけじゃなく…」
景虎:「意味がよくわからんな。会わせたくないのか?」
ナレータ-:「ドアに向かおうとしていた足を止め、怪訝そうな表情で景虎はジョフロアを振り返った。どうもいつものジョフロアより歯切れが悪い。」
景虎:「ヴァンパイヤと魅力的がどう関係する」
ジョフロア:「いや、あの…。やっぱり、僕があなたの伝言を伝えますよ。蛇の道は蛇ですから」
ナレータ-:「真相を伝えれば、お前はどうなんだと聞かれるに決まっている。ややこしくなるのは目に見えているが、下手に隠し立てするのも怪しまれる。」
景虎:「会うさ。聞こえなかったのか?」
ナレータ-:「問いに答えないジョフロアにじれて、景虎の背はドアに向かった。」
ジョフロア:「彼らにとって人間は食事としての“獲物”の一種です。…でも僕は、食当たりを起こすような食材なんですよ。だから僕が…。あなただって餌にはなりたくないでしょう?」
ナレータ-:「慌てて、馬鹿力で景虎の腕を掴む。景虎が苦痛に顔を顰めながら振り返ったのを見て、ジョフロアは小さな声で言葉を付けくわえた。」
ジョフロア:「…第一、そんなの僕が嫌ですよ」
景虎:「なるほど…だが、それならなおの事一般生徒を巻き込まないよう警告が必要だろう」
ナレータ-:「彼らについては、代々理事長だけに申し送られている重要事項だった。いわく、便宜を図り手出し無用、と。ランドルフやG・Dは数年の間隔を開けて学園に在籍し、もう一人については永い眠りについたままだった。そんなことを景虎は短くジョフロアに話した。」
景虎:「昔…何らかの取引でもあったのかもしれんな。…いささかの興味はある。見ず知らずの化け物に献血してやる謂われはないが」
ナレータ-:「景虎は面白そうに意味深に笑った。見ず知らずでなければ少々の血ぐらいは分けてやってもいいと言うのだろうか。」
ジョフロア:「向こうの気が変わって、取引の変更でもあったらどうするんです? 応じるんですか? だって…献血だけじゃないんですよ。…下の方の雫も望まれる事もあるのに」
景虎:「下の方の雫?」
ナレータ-:「意味の分からない景虎は当然問い返す。ジョフロアは溜め息をついた。エドリックに続き、景虎も黙らせるのは難しい。」
ジョフロア:「単刀直入に言えば、精液ですよ。…あなたは、直接…その…彼らの口元へ献上する破目になるかも知れないって事です」
景虎:「……」
ナレータ-:「さすがに一瞬、景虎が絶句する。そしてしばらく考え込むような沈黙の後、彼は言った。」
景虎:「なるほど…。血液のように傷をつける必要もなく体液としては高濃度だ。…それで苦情がないのかもしれんな。相手が何者であろうと快楽が得れるのだからお互い同意のはずだ」
ナレータ-:「そしてジョフロアにまた問うた。」
景虎:「棺桶の主は見境もなく襲い掛かるような輩なのか?」
ジョフロア:「…いいえ。彼は寧ろ相手を選ぶほうじゃないかな」
景虎:「なら、それほど心配はないだろう」
ナレータ-:「2,3歩ドアの方へ行きかけて、ふと何かに気付いたように景虎が動きを止めて再び振り返った。」
景虎:「ところでお前…何故そんなことを知っているんだ? 望まれたのか、下の雫」
ジョフロア:「僕は食当たりする食材ですから。でも…あなたはたぶん」
ナレータ-:「ジョフロアは核心には触れず、景虎を見定めるように頭からつま先まで眺めた。」
ジョフロア:「…そうだな。彼のストライクゾーンかと」
景虎:「美味しそうで悪かったな。見ず知らずの化け物の食材になってたまるか。それで? どうやってその情報を手に入れたんだ?」
ナレータ-:「景虎は少々苛立たしげにジョフロアに詰め寄った。」
ジョフロア:「…だから、蛇の道は蛇と。だって、ほら。吸血鬼と狼男は昔から親戚みたいなものでしょう?」
ナレータ-:「ジョフロアはあくまでもお茶を濁した。エドリックの名前が出て、ジョフロア自身にまだ望まれる可能性が残っているのだと分かれば、景虎が事態を余計ややこしくする行動にでるかもしれない。」
景虎:「ほう? 地下道を散歩していてばったり出合ったとでも言うのか?」
ジョフロア:「…そうですよ。やあ奇遇だねぇ、なんて感じでね。お互い後ろめたいものを抱えているもの同士。なんとなく雰囲気ってわかるじゃないですか」
ナレータ-:「景虎はしばらくしげしげとジョフロアの表情を眺めていたが、眉を顰め呟いた。」
景虎:「ああ、俺にも分かってきたことがあるぞ。…お前がはっきりものを言わない時は、その向こうに誰かいるな。金髪の」
ナレータ-:「景虎の思考がどんな風に動いていくのか、不愉快そうに険しくなっていく目の光でジョフロアには伝わった。」
ジョフロア:「…あなたなんか、はっきりものを言った事ないじゃないですか」
ナレータ-:「論点がずれている事を百も承知で、ジョフロアは刺し込むような景虎の視線を睨み返 した。嘘が苦手な彼は否定はしない。肯定もしない代わりに、その向こう側にやましい事などひとつもないように翠色の瞳が澄み切っている。ジョフロアは景虎 もエドリックも守りたかったのだ。その信念は微塵も揺るがないし、そういう時の彼はいつも頑固だ。」
景虎:「…否定できないところを見ると図星だな」
ナレータ-:「景虎は冷たく言った。ジョフロアが何かとエドリックの尻拭いに回っていることは景虎ももちろん知っている。うんざりだ、と言うように景虎は首を振った。」
景虎:「とにかく、俺は管理責任者の代理としてそいつに会う。俺が化け物の食卓に上らんで済むよう、部屋で祈ってでもいるんだな」
ナレータ-:「三度踵を返して、今度こそ景虎は扉のノブに手を置いた。」
ジョフロア:「僕が管理責任者の代理の代理になりますよ。僕はあなたもエディも大事なんです」
ナレータ-:「ジョフロアはドアと景虎の間に飛び込んで割入ると、ノブに掛かった景虎の手に自分の手を重ねた。」
ジョフロア:「…特に…あなたの下の雫が誰かのものになるかも知れない時に、僕がみすみすあなたを行かせると思いますか?」
ナレータ-:「真顔で一気にそう言ってしまってから、ジョフロアは急に顔を赤らめて視線を逸らした。けれど、すぐに決然と顔を上げると、景虎の顔を両手で挟んで乱暴にくちづけた。」
ジョフロア:「嫌です」
ナレータ-:「碧の目がまっすぐに景虎の瞳を覗き込んでいる。」
景虎:「これは、俺の仕事だ」
ナレータ-:「景虎は強い口調できっぱりと言った。口を出すな、と聞こえた。けれどジョフロアも引かない。お互いが譲らない緊迫した沈黙が流れる。やがて、景虎が大きな溜め息をついて目をつぶった。」
景虎:「…仕方ない。…先にランドルフかG・Dに会って話を聞こう」
ナレータ-:「百歩譲る、というように眉間に皺を寄せたまま景虎が言った。」
景虎:「あいつらはうまく学園に溶け込んでいる。便宜は図っているが、俺に何かを要求したこともない」
ナレータ-:「あの二人ならこの学園での景虎の立場も自分達の立場もそれなりに理解しているはずだ。棺桶の主のヴァンパイアとの話し合いの間を取り持つには適任だろう。」
景虎:「お前は部屋へ帰れ。軽薄節操なしの金髪貴族の所へでも」
ジョフロア:「…エディは今ニコルのところです」
景虎:「……。干からびてしまえ。低能野郎め」
ナレータ-:「景虎は口の中で思わず罵声を繰り返した。」
景虎:「わかった。G・Dに会う。お前は部屋へ戻っていろ。…そこをどけ」
ナレータ-:「自分とドアの狭い隙間に入ったままのジョフロアにそう言って、景虎は彼の肩を押し退けた。」
ジョフロア:「…わかりました」
ナレータ-:「ひとつ溜息をついたジョフロアは、ようやく道を譲った。G・Dならば景虎の身はひとまず安全であろう。だが、景虎がその先に進まないという保証は何もない。」
景虎:「……」
ナレータ-:「今度こそ景虎はドアを開けるとジョフロアに一瞥をくれただけで廊下を去って行った。ニコルとアレクの部屋は二人部屋で光耀寮の端にある。本部のある建物を出ると、彼は冷たい風の吹き付ける深夜の中庭を早速寮に向かった。」


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第四幕

◆寮にて

ジョフロア:「…ちょっと待って下さい。今は、深夜ですよ。明日にしたらどうですか?」
ナレータ-:「帰寮して2階を目指していた景虎に暗闇から声がかかった。狼の力を誇示するように、悠々と先回りした余裕の声音。ゆらりと揺れた影からジョフロアが歩み出た。確かに人を訪問する時間ではない。景虎はほんの少し考え込むように沈黙したが、ジョフロアに向き直った。厭味を全く隠さないあからさまな声が答える。」
景虎:「そういえば…ヴァンパイアに血を吸われる瞬間、この世のものとは思えない程の快感を感じるというが…狼男には何かないのか?」
ジョフロア:「…悪かったですね。スペシャルな快感も何もなくて! 一番いい時に化け物に悩まされるというオマケまで付いてますもんね。…嫌ならヴァンパイアにさっさと乗り換えたらどうです?」
ナレータ-:「売り言葉に買い言葉のような答え。だがその声には弾んだ明るさが混じっていた。景虎の無言の了解だ。彼の足は、言い合いながらも自分の部屋に向かっていた。ジョフロアもそれに切り返しながら、足は景虎の後を追う。」
景虎:「つまらん…せっかく希少価値の高い種が相手なのに何の特典もないのか?」
ナレータ-:「意地悪く厭味を言う。けれどドアを開ける際に自分の部屋に一緒に滑り込んだジョフロアの行動には、文句ひとつ口にしなかった。」
景虎:「…ヴァンパイアの快感がどれほどのものなのか、少々の興味はあるな」
ジョフロア:「……。そんなに特典だの快感にこだわるのなら、他をあたって下さい。僕はどちらかといえば、その方面ではマイナス要素しか持ち合わせていませんから…」
ナレータ-:「睨みつけていたジョフロアが溜め息をつく。今夜の景虎とヴァンパイア達の直接対決はひとまず回避したという、安堵の溜め息だ。ここからは自分と景虎との本戦だ。そう悟ったジョフロアは、部屋から出て行くべく窓辺に向かった。」
景虎:「お前のことだ。どうせ“エディの代わりに僕が”とか申し出たのだろう。それで、望まれたのか? どちらかを」
ナレータ-:「ジョフロアの背を景虎の声が追った。エドリックの身代わりになれば当然考られることだ。自分はどうなんだ、とも言いたいらしい。」
ジョフロア:「…僕は食当たりする食材なんだと、何度言ったら分かるんですか。あなたもエディも美食家の彼らにとって最高の料理なんです。特にジークは今渇いている。…阻止したい僕の気持ちを分かって貰えないとは…」
ナレータ-:「ジョフロアは振り向いて、冷たい視線を浴びせ返した。その視線と同じくらい冷静な声が後に続く。」
ジョフロア:「好奇心旺盛なやんちゃ坊主はエディだけかと思っていましたが…。あなたもですか」
景虎:「あんな軽薄な奴と一緒にするな。俺はお前に後始末させる気はない。余計なお世話だ」
ジョフロア:「こんな適任のメッセンジャーがいるのに、わざわざ自分が出向いて干乾びたいわけですか。あなたの大事なところがそうなってしまうのを恋人が心配しているのに、それも無視して…」
ナレータ-:「ジョフロアは大きな溜め息をついた。」
ジョフロア:「僕はそうなる前になんとかしたいだけです。でも、わかりました。勃たなくなってから狼の癒しで治してくれと泣きついて来たって、後始末なんてしません。余計なお世話なんでしょう?」
ナレータ-:「言い放った後、景虎に背を向けて暫く沈黙していた。だが、景虎の返事がなかなか返ってこないと知ると、そのまま足早に歩きだした。」
景虎:「不愉快だ。…俺は学園と生徒を守るのが仕事だ 」
ナレータ-:「苦いものを吐き出すように景虎が呟いた。」
景虎:「バイロンのような輩はいざしらず、俺にお前の“うしろ暗いところ”に守られていろというのか。お前も生徒の一人だ。俺の盾になんぞできるか 」
ジョフロア:「盾 とは、僕があなたの代わりに犠牲になるという意味ですか? まさか。だって僕は食中毒食材なんですよ? それに、あなたの仕事のパートナーとして申し上げ るのならば、特攻斬り込み隊長作戦は学園全体を守る上で良策とは思えません。…それよりも、駒を適材適所に使えばいい。それだけの事です」
景虎:「お前は恋人として心配しているといった。たかが数ヶ月前だったらそんなお節介をする謂われもなかった筈だ。そう思えばいい。そしてジョフロア・ルーパスの仕事範囲は光耀寮だ。管轄外だろう」
ナレータ-:「ジョフロアはそこでニヤリと笑った。」
ジョフロア:「だからこそ、光耀寮担当の僕に任せておけばいいんです。他の寮は地下道から遠く離れていますし、彼らの活動は主に夜。夜に帰寮する生徒が襲われる可能性があるの は、彼らの好みから言っても地下道に近い光耀寮のみ。どうか学園全体を守る大任を担うた御大は、その間全体に目を光らせていて下さい。…それに、最初に快感の問題を仕事にすり替えたのはあなたですよ」
景虎:「嫌味な言い方はやめろ。とにかく、俺は仕事として棺桶の主と交渉せねばならん。もし俺が干からびる結果に終ったら、油断と好奇心のなれの果てだと笑えばいい。この話はこれで決着だ」
ジョフロア:「…最後は職権に物を言わせる気ですか。いいでしょう。勝手にして下さい。…僕も勝手に動かせて貰います。恋人として付いて行き、干からびて勃たなくなったあなたの大事な部分を舐めまわして彼の前で見事に復活させてやるんだ」
ナレータ-:「肩眉をあげてジョフロアが意地悪そうに微笑んだ。」
ジョフロア:「ジークがそれをまた吸い上げ、僕が狼の癒しで復活させる。…あなたはきっと永遠の快楽に溺れる事ができるでしょうね。…なるほど。ヴァンパイアと組めば、僕もあなたに超スペシャルな特典を差し上げられるって事か…」
ナレータ-:「楽しそうな目で景虎を見つめる物静かな策士は、あんがい底意地が悪いのかもしれない。」
景虎:「下品な人格は好まんな。…このことについてお前と話すことはもう何もない。おやすみ」
ナレータ-:「感情のない冷たい目でジョフロアを眺め、景虎はドアを指差した。」
ジョフロア:「なんとでも言って下さい。最初に快感の特典について、僕を詰ったのはあなたなんだから…」
ナレータ-:「ジョフロアは言われたとおりにドアに向かうと振り返った。」
ジョフロア:「…実は、彼を目覚めさせてしまったのは、あなたとの地下室の逢瀬による僕の狼の声です。…だから、明日にでも一緒にいきませんか? 彼に謝りに。原因の一端はあなたにもあるんだから」
景虎:「必要だとは思わんな。断る。おやすみ、よい夢を」
ナレータ-:「優しい言葉を冷たく投げつけて景虎もきびすを返した。上着をソファーに投げ捨てシャツの襟元を緩める。そして小さく息をついた様はもう独りきりになった仕草だった。」0
ジョフロア:「……。いやですよ。こんな別れ方。眠れなくなってしまう… 」
ナレータ-:「全く物音を立てずに、ジョフロアが景虎の直ぐ後ろに立っていた。気配すら消した空間から、ジョフロアの切なげな声だけがふわりと闇に浮かぶ。」
ジョフロア:「…嫌です、僕。…すみません。なにもかも…」
ナレータ-:「シャツ一枚隔てた背中の空間に、急にジョフロアの気配が現れる。そして、開いた襟元に長い指が入り込んだ。」
景虎:「……。ジョフロア」
ナレータ-:「景虎が深いため息とともに相手の名を呼んだ。嫌味や意地の張り合いなら跳ね除けることができても、素直な心情を拒むことはできない。現に今のジョフロアの指を払いのけることは景虎には出来なかった。けれど彼には彼の自負があり、力が及ぶかどうかためしもせずジョフロアの狼の部分を利用することには納得がいかなかったのだ。」
景虎:「…ヴァンパイアがお前にとって安全とは思えない。どう言おうと」
ナレータ-:「ニコラウスとアレクの二人は性格も温厚で自分たちの立場もよく理解して、面倒を起こさないよう努めているのだろうと景虎は考えていた。時折、彼らの周りで呆けたような生徒が見られたものの、大抵は数日で元に戻った。バンパイアの色香に迷った者など自業自得だ。もちろん、エドリックも。けれど、ジョフロアがジークと呼んだ棺桶の中に眠るヴァンパイアは存在自体がどこか不気味で景虎の神経を不快に刺激していた。」
ジョフロア:「ええ、確かにそうです。…ごめんなさい隠してて。ですが、人間よりはたぶん…。だから、せめて一緒に行きませんか?」
景虎:「わかった。…ボディガードに連れて行く」
ナレータ-:「景虎は振り返ると首を傾けてジョフロアのくちびるに軽くキスを送った。柔らかく優しい仕草は和解の合図だ。」
景虎:「お前はこう言えばいいんだ。…誰も、俺に自分以上の快楽を与えることなどできない、と」
ナレータ-:「額が合う程近付いた景虎の黒い瞳が楽しそうに笑った。恋情や愛情の満たされる心の快感が伴って初めて、身体の疼きは昇華される。お互いしか与えられない最高の快楽。いささかの経験の後に景虎が悟った真実。」
景虎:「俺が恋したのは自分だから、と。」
ナレータ-:「そう、鼻で笑っていればいいのさ、と景虎は翠色の瞳を覗き込んで囁いた。」
ジョフロア:「…あなたは分かってないな」
ナレータ-:「景虎に軽く触れているジョフロアの唇が笑みの形を作った。睫毛が影を落とす半ば閉じられた瞳が、夢見るように虚空へと流れる。」
ジョフロア:「本当に恋をしてしまったら、そんな自信など持てません。あなたにとって最高の自分でいられるか。あなたに愛されるだけの自分だと胸を張っていられるか。胸の中にほんの少しの不安を抱えてしまうのが恋心ってもんです」
景虎:「そうなのか…? こんなに…来世までお前が欲しいのに?」
ナレータ-:「ジョフロアを抱き締める景虎の腕に力がこもる。木々に似た不思議な香りに擽られて、景虎は鼻先を相手の首筋に埋めた。」
ジョフロア:「あなたを信じていないわけじゃない。僕の心も変わるとは思えない。だけど、僕は自分があなたにとって100%だなんて思えないのと、運命を信じられないだけなんです」
ナレータ-:「首筋に当てられた景虎の唇から、快感が放射状に身体を走る。彼の何が景虎にそう言わせるのか、ジョフロアは分かっていない。景虎に触れられるだけで、応えようという意思以前に翻弄されてしまう身体。どちらかといえば、それが疎ましかった。」
景虎:「謙虚な自信家だな」
ナレータ-:「景虎の瞳が緩く笑った。大きな手がジョフロアの背を撫でる。宥めるように、煽るように。彼の手はいつもジョフロアの肌を慈しむように流れ、様々な情を伝えていく。その核にあるのは言葉にできない愛しさだ。」
景虎:「では100%と思える夜を。…不安の入り込む隙がないように」
ナレータ-:「そんな夜を重ねていけばいい。そう囁いて景虎が小さくジョフロアにくちづけた。やがて深く重なっていく唇の奥で、舌が優しくお互いを刺激する。身体と心の全てを重ねようとする夜の始まりの合図のように。口腔で生まれた官能的な感覚が、神経を通って末端までを痺れさせて小さなさざなみになる。吐息が熱く乱れ始める。くちづけの甘さに酔い始めていた景虎が、ふと動きを止めて瞬いた。」
景虎:「……。あいつが目覚めたということは…地下牢が使えないのか?」
ジョフロア:「彼の寝所とは離れてはいます。でも、彼が徘徊していたら…。念のため牢にピンクのカーテンでも吊るして、結界でも張っておきますか?」
景虎:「効くのか? それ」
ナレータ-:「景虎がまじまじとジョフロアの顔を見返して問うた。十字架やニンニクならいざしら ず、ピンクのカーテンが吸血鬼に効くとは聞いたことがない。二人とも半裸で行き来することもある地下道で、もしジークに出会ってしまったら食欲をそそる結果になりはしないだろうか。景虎はそんなことを考えた。」
ジョフロア:「…たぶん」
ナレータ-:「ジョフロアは小首を傾げながら言った。」
ジョフロア:「彼は紳士です。そうしておけば僕らの愛の巣は覗かないかなと。無ければ丸見えですし、他の時ならいざ知らず、鎖に繋がれていては僕はあなたのボディーガードになれない」
ナレータ-:「ならば、なにもピンクじゃくてもよかろうに。代案の色が思いつかないまま、景虎はジョフロアの顔を睨みつけた。案の定。吹き出しそうなるのを堪えながら、ジョフロアが景虎の肩に頭を預けてくる。なんとも心もとない結界。」
景虎:「どちらにしろ協定が必要だな。仕方ない…今夜は…」
ナレータ-:「景虎は不愉快そうにため息をついた。」
景虎:「狼になれ、ジョフロア」
ナレータ-:「残念そうな翠の視線が絡みつく。やがて景虎の唇にくちづけを一つ落として、ジョフロアは自分のシャツの釦に手をかけた。」
ジョフロア:「…むこうを向いていて下さい」
ナレータ-:「景虎は無言で背を向けた。さらさらと微かに伝わる衣擦れの音と体温。ふと、思わず振り返りそうになった景虎の視界の隅を掠るジョフロアの白い裸の肩。視覚からなだれ込んだ鋭利な刃物のような快感。景虎は眉根を寄せた。」
景虎:「ちょっと待て。…この際だ。ピンクのカーテンに賭けてみるか」
ナレータ-:「そう言いながらもう景虎の両腕はジョフロアを強く抱き締めている。片袖を落とした姿のままジョフロアが意外そうに動きを止めた。伝わる肌の熱さは燃えるようで、押し留めることはできそうにない。」
ジョフロア:「…わかりました。いささか頼りない結界だけど、ジークは悦楽の尊さも誰よりも知っていると思います。彼の紳士性に賭けてみましょう。その代わり、事が済んでも牢のそばから離れないで下さい」
ナレータ-:「そう言いながら、ジョフロア自身も果たしてピンクが適当なのかどうか自信がない。 だが、ジークの鋭い感覚器と遠目から見たその色で悟って貰うとしたら、それしか思いつかなかった。かといって何もなければ相手に自分たちの艶事を晒すこと になる。ジョフロアそれ以上考えない事にした。それよりも、景虎の腕の中の身体がもう待ってくれない。彼は大きく溜め息をつくと覚悟を決めた。」
ジョフロア:「ピンクのカーテンか…。そうだ。お隣の住人なら持っているかもしれませんね。気がつかれない自信はあります。僕が借りてきましょう」
ナレータ-:「不愉快な幼馴染の存在を思い出して、ちょっと嫌そうに視線が険しくなったもの、景虎は了承の意味で沈黙した。」
景虎:「張り紙もしておくか。覗くな!とか何とか。…日本語は理解できるかな、あいつ」
ナレータ-:「マジックと適当な紙を探して景虎は素早く準備を始めた。決めてしまえは、いつも彼の行動は速い。」
ジョフロア:「じゃあ、僕が英語とフランス語と、ちょっと怪しいけどロシア語を…」
ナレータ-:「そう言い残すと、ジョフロアは少しでも時間が惜しいのか窓から夜の闇に消えていっ た。20分後。件の地下牢の周りには、艶めかしいピンクのカーテンが張り巡らされていた。そこには様々な貼り紙が付いている。覗くな。暫し待て。武士の情けだ。景虎の骨太の文字で様々な制止の言葉が並ぶ。その一方で、ジョフロアの優しげな文字でジークに対する敬意と詫びの言葉も見えた。そして今、その帳の奥からは秘めやかな息遣いと、微かな鎖の音が漏れ聞こえてくる。 刹那、一陣の風が吹いた。地下道の支配者の気配がそこを通り過ぎたのか、結界と呼ばれたカーテンの裳裾が、闇の中でゆらりと揺れた。」

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