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不知夜月とJardin de ciel(空の庭)のコラボ頁です。

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ジョフロアのお茶会 part 2 珈琲シーン

 考えればジョフロアのお茶会は妙なものになっていた。

 信頼の厚い生徒会副会長の彼の開く茶会だ。本来なら彼を慕う一般生徒や留学生が訪れそうなものだ。しかし、学園理事長代理の景虎が現れるようになってからは特定の人物以外は姿を見せなくなっていた。つまり、一癖ありそうな者ばかり。実は人狼のジョフロアと学園に居座るヴァンパイアの連中という人以外と、彼らに絡む人間達。それがお茶会の常連だった。
 
 幼馴染のフレイ曰く「怒りっぽくて意地悪で執念深くて根暗で、しかも権力がある」景虎はヴァンパイア排斥が信条だ。特に3人のうちのもっとも年長で妖力に長けるジークフリートを目の敵にしている。だが、ヴァンパイアたちには学園を去る気はさらさらないらしく、間に立つジョフロアを困らせている。さらに景虎はジョフロアの現世の恋人で、ジークは過去の恋人らしいから話はややこしい。そんな中で行われるお茶会だけに、大抵穏やかに時は過ぎない。

「お前の仲間は素直で結構なことだな」

 肘置きに片肘を立ててチェアーに深く腰掛けた景虎がジークを振り返った。少々険のある物言い。景虎が言ったのは、ヴァンパイアの2人のことだ。アレクは素直にお茶を楽しみ、ニコルはジョフロアを手助けしている。景虎の言葉の半分は、ジークを歓迎するジョフロアへの嫌味だ。

「躾が行き届いてると言って欲しいな」

「そのようだな。…まあ、2人の性格にもよるんだろうが」

 酷いな、僕への当てつけか?と言わんばかりのジョフロアの表情。ジークだけではなく景虎の嫌う生徒会長やフレイもよく現れる茶会。それを恋人が主催するのを景虎は快く思っていないらしい。コーヒーを用意するジョフロアの手元が怪しくなる。ニコルが気を遣って声をかけた。

「あっ、あの...。私が煎れましょうか?」

 景虎とジークのやりとりはどこか一触即発の緊張感を孕んで、いつも周りを巻き込んでいく。やがて、キリキリとした気配を滲ませたジョフロアは心配した親友の生徒会長に引っ張られて隣の部屋へと避難し、気を遣いすぎたニコルは根を上げてアレクを伴って自室へ逃げ帰っていった。

「主催者は客をほっていなくなるし、不毛なツーショットが残ったな」

 憮然とした表情で椅子に深く腰掛けた景虎が、前を向いたまま文句を言った。なのに、ジークはしれっと呟く。

「喉が渇いた」

 景虎の視線がジークへと動いた。食べ物を必要としないというヴァンパイア。本当なのか、景虎には測りようがない。ふん、とどこか鼻白らんで彼は言った。

「俺は俺好みのコーヒーの煎れ方しか知らん」

「私がここの台所に入る訳にはいかない」

 相変わらず感情の見えない低い声。御曹司の景虎と元貴族らしいジーク。普段、人にサーブされるのが当たり前の2人が微妙な会話を繰り返す。部屋の温度は先程の喧噪よりは幾分低い。景虎は前を向いたまま無言だった。喉が渇いてるのは彼も同じだ。結局、主催者の用意した意味深なお茶に2人は手をつけなかったのだ。景虎は再び視線だけを巡らししばらくジークを斜めに睨んでいたが、やがて鷹揚な仕草で立ち上がった。

「文句を言うなよ」

 彼はよく磨かれたサイフォンの一つを選ぶと、ガラスの器にミネラル・ウオーターを満たした。そしてコーヒーの粉の量を確かめ、アルコールランプに火をつけるためにマッチを擦る。馴れた手つきだった。蒼い炎が丸いガラスの底で形を変える。

「なかなかいい香りだ」

 コポコポという小さな音。湧き上がるサイフォンの湯がコーヒーを巻き上げ、香ばしい香りが部屋を満たしていく。ジークは暫しの間、目を閉じてその音に聞き入っていた。

「…人に淹れてやるのはお前で3人目だ」

 長身を屈めコーヒーの沸き立つ具合を見詰めていた景虎が、ふとそんなことを口走った。数度スプーンでかき混ぜるとランプを外し火を落とす。鮮やかな褐色の液体が大きく波打つ。

「一人目は?」

 目を閉じたまま、ジークが相手に問う。不思議な静かな気配だった。

「……。…理事長だ…」

 今は疎遠になった母親を景虎は役職で呼ぶ。少女の頃から彼女を知っているジークに彼らの姿はどう映っているのだろう。声が僅かに硬さを帯びた。けれどジークはそれ以上は触れず、さらりと答えた。

「そうか、ではその光栄に預かるとしよう」

 そして、ジークが2人目を問うこともなかった。景虎が白いカップへコーヒーを注ぐと、さらに香りがふわりと登った。ジークの前へコーヒーを置き自分の分を淹れ終わると、景虎はサイフォンの後始末を手早く済ませた。

「ありがとう」

 意外な言葉を聞いた景虎は一瞬動きを止めた。こんな言葉を交わすような間柄ではなかったからだ。


「…たいしたことではないが…。まあ、こういうのもたまにはいいだろう」

 背で礼を受け流し、景虎は自分のカップを持って席に戻る。二人はしばらく沈黙したままコーヒーを味わっていた。渇いていたのか喉に染みるような気がした。

「お前は好みの食べ物はあるのか? GDがチョコレートが好きなように」

 ふと、景虎がそんなことを問うた。ヴァンパイアのくせにアレクが好む甘いお菓子。それを思い出しただけだ。ジークは小さく失笑したように見えた。

「変な事を問うなぁ、相変わらず君は。それも好奇心か?」

 以前よりも明らかに穏やかな口調。深いコーヒーの味わいがジークの舌をまろやかに通り過ぎる。

「殆ど食物らしい食物は、私は口にしない。差し出されれば一口位は付き合いに頂くこともあるが...」

 そうか、というように景虎は頷いた。何気ない世間話だ。

「チョコレートを食べる時、GDは幸福そうだな…」

 今日はジョフロアの淹れたココアに大喜びしていた。カップに口をあて景虎が呟いた。白い湯気が緩やかに渦を巻く。休日の陽は高く、冬の日差しが窓から斜めに差し込んでひと時の穏やかな時を二人にもたらした。

「....ん」

 ジークは景虎の言葉の端に含む意味を悟っていた。人ではない存在のアレクが持つ、人との共通点。そこに景虎は目を向けている。生き物の理解の端は大抵そんなところから始まるものだ。

「...そうだな」

 ジークの唇が微かに笑んだ。普段はぶっきらぼうでお世辞など無縁の、目の前の浅黒い肌と見事な長駆を合わせ持つ大きな男が示す、ほんの僅かな感情の機微。それが仄かに香るコーヒーの風味と共にゆっくりとジークの精神の深い部分を浸していく。

「ご馳走様。美味しかった」

「当然だ」

 視線を向けもしない無愛想な物言いはいつもの景虎だ。その言葉にくっと薄い口の端で笑い、カップを静かに置く。一息ついたかと思うと音もなく立ち上がり流れる様な動作で銀髪の人物は瞬く間に姿を消した。

「…そして誰もいなくなった…か」

 それを驚きもせずに気配だけで察し、さて、というようにカップを置いて彼も立ち上がった。

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